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2005年8月19日 (金)

直衣

006noshi_win(写真は風俗博物館2003年展示「薫の五十日の祝」より、白地キララ箔又木紋の冬の直衣を着た光源氏)
上流貴族男性の平常着。
仕立てや構造は束帯装束の縫腋袍と同じで、束帯の袍のように官位による色の決まりがないため「雑袍」とも呼ばれました。
通常、直衣を着るときは烏帽子を被り指貫を穿き、直衣の内側には単と袿(単に「衣」とも呼びます)を着用します。
改まった場合には烏帽子に変えて冠を着け、「冠直衣」と呼びます。
盛夏には、単と袿を省いて汗取りの帷子を直衣のすぐ下に着る場合もありました。
008idashi直衣の下から袿の裾を引き出して見せる着方は、「出だし衣」「出だし袿」と呼び、『枕草子』では貴公子のお洒落な着方としてよく登場します。
そんな着方のせいもあってか、袿にはさまざまの華やかな色が用いられました。
(左の写真は、風俗博物館2005年展示「夕霧と雲居の雁の結婚」より。
直衣の下から香色の袿が見えています)

直衣の色彩は、冬は表白・裏二藍(若年は濃い赤紫で、年齢が上がるにつれて紅を薄め縹に近くする)で、夏は冬の裏色を用いると一般に言われますが、冬の直衣の重ね色が西三条実隆著の有職故実書『装束抄』に記されるこの様式に固定化するのは、平安中期よりも後の時代なのではないかという気がしています。
というのは、『枕草子』や『源氏物語』にはもっと色とりどりの直衣が現れるからです。
色彩のわかる直衣とその着用者を挙げてみると、以下のようになります。

【桜の直衣】
重ね色目なら表白・裏赤花/紫/二藍(諸説あり)、織色なら経紅・緯白。
一条天皇(十六歳)『枕草子』第100段「淑景舎、春宮にまゐりたまふほどのことなど」
光源氏(二十歳)『源氏物語』花宴巻
夕霧(二十歳)『源氏物語』若菜上巻
藤原伊周(二十二歳)『枕草子』第20段「清涼殿の丑寅の隅の」
藤原斉信(三十歳)『枕草子』第79段「返る年の二月廿よ日」
光源氏(三十二歳)『源氏物語』薄雲巻
光源氏(三十六歳)『源氏物語』行幸巻
藤原道隆(四十二歳)『枕草子』第263段「関白殿、二月二十一日に」

【薄色の直衣】
重ね色目なら表薄縹・裏濃薄色、または表薄色・裏薄色。織色なら経紫・緯白。
藤原道隆(四十三歳)『枕草子』第100段「淑景舎、春宮にまゐりたまふほどのことなど」

【葡萄染の直衣】
重ね色目なら表蘇芳・裏縹、織色なら経赤・緯紫。
松君(三・四歳)『枕草子』第263段「関白殿、二月二十一日に」

【白き直衣】
いずれも月明かりで直衣が白く見えるとの描写。表の白に月光が反射したものか。
公達?(年齢不明)『枕草子』第287段「十二月二十四日」
藤原伊周(二十一・二歳)『枕草子』第297段「大納言殿まゐりたまひて」

【今様色の直衣】
「裏表ひとしうこまやかなる」と描写されているので表濃今様色・裏濃今様色。
光源氏(十八歳)『源氏物語』末摘花巻 ※末摘花から贈られた新年の装束

【あざやかなる直衣】
色彩は不明だが、「あざやか」というからにはくっきりと鮮明な色調と想像される。
夕霧(二十六歳)『源氏物語』若菜下巻
薫(二十六歳)『源氏物語』宿木巻
髭黒大将(三十二・三歳)『源氏物語』真木柱巻

【裏縹の直衣】
表は白か。描写がなく詳細不明。
藤原義孝(二十一歳より若い頃)『大鏡』伊尹伝

鈴木敬三編『有識故実大辞典』(吉川弘文館 1996年)には、

冬は表を白、地質は綾、地位と年齢により固織物と浮織物、文様は小葵、華文綾とよぶ唐花丸、浮線綾とよぶ臥蝶丸。裏は平絹で、色は二藍。これは藍で染めてから紅で染めることによる呼称で、若年は藍を淡く紅を深く染め、年齢を加えるにつれて藍を深くして紅を淡くするのを例とした。そこで二藍とよばず、若年は蘇芳・薄色、壮年は紫・縹、老年は白重ねなどともいい、表の白に重ねて、紅梅・桜・柳・薄色などという。(中略)なお表を白に限らず織色で異文の直衣を臨時に用いて一日晴とすることもあり、(後略)

と解説されているのですが、実際の着用例を見ると年齢と色目は必ずしも一致していませんし、明らかに表が白ではない例も見られます。
『源氏物語』の時代の貴族男性は、袿だけでなく直衣にも、さまざまな色彩を用いていたのではないかと思います。

007noshi_sum夏の直衣の着用例は、概ね通説と一致しているようです。
ただ、『源氏物語』と『枕草子』の夏の直衣の描写を比べると、若干異なる部分もあり、それについては別に書いてみたいと思っております。
2005年風俗博物館展示「夕霧と雲居の雁の結婚」を拝見した際に「二藍の直衣」として概略をまとめたものを「源氏の部屋」にUPしていただきましたので、よろしければそちらもご参照ください。
上の写真は、風俗博物館2004年展示「端午の節句」より、夏の二藍直衣出衣姿の光源氏。
直衣の帯を解き前の紐もかけない寛いだ姿で、紅の単の上に華やかな蘇芳の袿を引きかけています。

【参考文献】
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の信仰と生活』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年
鈴木敬三編『有識故実大辞典』吉川弘文館 1996年
秋山虔, 小町谷照彦編『源氏物語図典』小学館 1997年
長崎盛輝著『日本の傳統色 : その色名と色調』京都書院 1996年

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