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2005年8月 1日 (月)

最初の一文から読み取れること

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

あまりにも有名な『源氏物語』桐壺巻の冒頭。
どなたも学校で習ったことがおありでしょう。
「授業で暗誦させられた」という(あまり楽しくない?)思い出をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
そんな有名すぎる冒頭ですが、改めて掘り返してみると、単なるヒロインの紹介に留まらない物語の設定をいろいろと読み取ることができます。

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【設定その1】
物語が“帝の治世”を時代区分とする貴族社会、煎じ詰めれば宮廷を舞台としていること。
「今は昔」という、あってなきが如き舞台設定で語り出される『竹取物語』や『伊勢物語』などと比べると、最初からかなり限定された設定がされています。

【設定その2】
「女御、更衣」が大勢お仕えしていた時代であること。
女御は桓武天皇の時代に設置された令外官で、仁明朝辺りから次第にその地位を高め、醍醐朝に藤原穏子が女御から皇后に立つに至ると、臣下の女が立后するための予備的地位として重きを成すようになりました。
更衣の方は、元々はその名のとおり帝の衣類のお世話をする女官だったのが、御寝に侍るようになって女御に次ぐ皇妃となり、その人数が最大化した醍醐朝には13人もの更衣がいたと言われます。
ですがその後は、村上朝で5人の更衣が確認できるのを最後に、院政期まで後宮から姿を消してしまいます。
これらの史実から、この物語は醍醐朝辺りを時代設定としていることがわかる訳です。

【設定その3】
この御世の帝には、まだ皇后が定まっていないらしいこと。
「女御、更衣」と身分順に書かれていることに注目するなら、皇后が既にいれば真っ先に「后の宮」が挙げられそうなものなのに、それがないということは、この後宮では大勢仕えているという女御達が各々の家門を背負い立后を目指して妍を競っている状態だと想像されます。

【設定その4】
ヒロインは、序列からいくとそれほど高いとはいえない身分でありながら、帝から格別に寵愛されていること。
いとやむごとなき際にはあらぬが」の「が」は逆説の助詞ではない…というのも学校で必ず習う事柄ですけれど、わざわざ「いとやむごとなき際にはあらぬ」とその身分に言及するのは、この女性が「すぐれて時めきたまふ」待遇を受けるのが当然の人物ではないことを示しています。
この時代、天皇は皇妃達をそれぞれの身分に相応しく寵愛すべきと考えられていました。
いとやむごとなき際にはあらぬ」彼女はその序列を乱していることになり、異常な状態にあると言えます。
女御を擁するそれぞれの権門が立后争いをしていると思われる中で身分秩序を破ったヒロインを取り巻く状況は、後宮を巡る政治情勢までをも揺るがす危険性を孕んでかなり緊迫している筈です。

【設定その5】
帝は、それなりに安定した治世を実現し、臣下からの信望があるらしいこと。
暗君愚帝の類であったら、沢山の公卿らが娘を後宮に入れるとは思えません。
ある程度以上治世が安定し臣下から期待されていればこそ、「女御、更衣あまたさぶらひたまひける」後宮になったと考えられます。
その一方で、一段下った扱いをすべきヒロインを他の誰よりも寵愛してしまうという掟破りを犯した帝でもあります。
良き帝として通ってきたのに、ヒロインと出逢ったことであるべき規範からはみ出してしまった…そんな帝像が浮かんできます。

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句読点込みで僅か61文字の一文から、こんなにも沢山のことが掬い上げられる『源氏物語』の世界。
まるで隠された扉を探り当てる宝探しのような原文の【読み】を、ご一緒にやってみませんか?

【参考文献】
神作光一編『源氏物語の観賞と基礎知識1 桐壺』至文堂 1998年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の儀礼と歳事』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年

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