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2005年10月21日 (金)

篳篥

014hichiriki(写真は、2004年風俗博物館出張展示「一条帝による土御門邸行幸」より、篳篥を構える唐楽の楽人)
中国伝来のダブル・リードの縦型管楽器。
伝来当初は唐楽専用だったのが、平安朝に入って高麗楽や神楽でも用いられるようになりました。

竹製で全長約18cm、本の方がやや太く、表に7つと裏に2つ、先端がやや尖った楕円形の指孔があります。
指孔の部分を除いて樺皮の紐を巻き、表面・内部とも漆を塗ります。
リードは葦の茎でつくり、「葦舌(ろぜつ)」と呼ばれます。
ダブル・リードといっても、2枚の薄片を合わせる西洋式のものとは異なり、銜える部分を熱して平らに押し潰すことで成形します。
息の吹き込み具合や葦舌の銜え方によって、同じ指遣いでも異なる高さの音を出すことが可能で、指遣いを変えずに滑らかに旋律進行する「塩梅(えんばい)」という技法が多用されます。
音域は1オクターブ強と狭いのですが、音量が豊かで旋律が自在であることから、雅楽では主旋律を演奏します。
「地に在る人の声」を表すと言われる独特の音色も、大きな特色です。

幅広い音楽で用いられた篳篥ですが、奈良〜平安時代は専ら地下の楽人が担当し、上流貴族が演奏することはありませんでした。
鳴らすのに強い息が必要で頬が膨らむため、高貴な人は吹くのを嫌ったとも言います。
かの有名な螺鈿紫檀五弦琵琶をはじめ様々な楽器が揃う正倉院宝物の中に篳篥がないのも、そうした楽器の位置付け故と言われます。
『源氏物語』では、若紫巻で北山に源氏を迎えに来た頭中将に従う随身が演奏する場面が1例あるのみです。
『枕草子』でも
篳篥は、いとかしましく、秋の虫を言はば、轡虫などのここちして、うたてけ近く聞かまほしからず」(第207段「笛は」)
と否定的な評価がされていますが、石清水臨時祭での御前の儀で歌笛に続いて吹き立てられる篳篥は、
ただいみじう、うるはし髪持たらむ人も、皆立ちあがりぬべきここちすれ」(第207段「笛は」)
と絶賛されています。
舞人達の登場を待ちわびる中、力強く鳴り渡る篳篥の音は、祭への期待を最高潮に掻き立てるファンファーレのように聞えたのでしょうか。

尚、平安中期までは「大篳篥」「小篳篥」の2種類があり、単に「篳篥」と言うときは小篳篥の方を指しました。
大篳篥は全長約24cmほどだったかとも推測されていますが未詳で、10世紀の雅楽家・源博雅を最後の奏者として廃絶、一条朝では最早演奏されることはなかったと伝えられます。
『源氏物語』では、左大臣邸での朱雀院行幸に備えた楽の練習の様子を描く末摘花巻の一場面にその名前が見え、桐壺帝の御世が醍醐朝を時代設定としていることを示しています。

【参考文献】
秋山虔, 小町谷照彦編『源氏物語図典』小学館 1997年
東儀信太郎[ほか]執筆『雅楽事典』音楽之友社 1989年
平野健次[ほか]監修『日本音楽大事典』平凡社 1989年

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雅楽の楽器:篳篥(雅楽のウェブログサイト/ kenken’s 雅楽)

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