« 元旦の行事 | トップページ | 国宝『源氏物語絵巻』に描かれた謎のモノ達 (1) 美麗几帳 »

2006年1月 9日 (月)

石山寺

027ishiyama_1琵琶湖の南、瀬田の唐橋から1.5kmほど下ったところにある石山寺は、如意輪観世音菩薩をご本尊とし、平安時代には清水や初瀬と並ぶ観音信仰の中心地でした。
『蜻蛉日記』や『更級日記』に石山詣の記述が見られるように、女性の信仰が篤く参詣の多かったことでも知られます。
石山寺というと、
「紫式部は石山寺参籠中に『源氏物語』の着想を得た」
という『源氏物語』起筆伝説が有名ですが、あれはあくまで後世の伝説に過ぎず、石山寺と紫式部及び『源氏物語』執筆との間に、歴史的事実として確認できるつながりは見つかっていません。
(ただし、伝説に基づいて長年にわたり人々が紫式部と『源氏物語』に因む美術工芸品や文学作品を奉納してきたため、石山寺は『源氏物語』享受史の宝庫となっています)

執筆との関わりはないものの、観音信仰・石山詣が盛んだった当時の世相を反映して、『源氏物語』の中には何度か石山寺が登場します。

最初は、逢坂の関でご紹介した関屋巻。
逢坂の関で空蝉と邂逅する光源氏は、その権勢を誇示するかのように美々しく行列を整えて都から石山詣に向かう途上でした。
この場面では、粟田山と逢坂山を越え打出の浜を経、琵琶湖と瀬田川に沿って石山寺へ至る、都からの道筋も窺うことができます。

次は真木柱巻冒頭で、玉鬘付きの女房・弁のおもとに手引きをさせ、大逆転で玉鬘を手に入れた髭黒大将が
石山の仏をも、弁の御許をも、並べて預かまほしう
と思う件があります。
髭黒大将が石山寺に玉鬘との結婚を熱心に祈願していたという設定です。
この一節に続く
げにそこら心苦しげなることどもをとりどりに見しかど心浅き人のためにぞ寺の験も現はれける
との語り手の批評も、当時悩み苦しみを抱えた沢山の人々が石山寺の霊験に縋ったのだろうことを感じさせます。

その次に石山寺が登場するのは浮舟巻ですが、この巻での記述の仕方は少々注意を引きます。
匂宮が宇治に隠し据えられた浮舟の許に忍び込んだのは、浮舟が母君の計画で石山詣へ出かけようとしていた、その前夜のことでした。
この石山詣は匂宮の闖入と居座りによって中止になってしまうのですが、そのことは浮舟巻の中でなんと3回も繰り返して言及されます。
まるで、浮舟が匂宮との関係をきっかけに出口のない苦悩の底へ転落してゆく展開を、「女性が救いを求めて参詣する石山寺に行けなくなった」という事態によって象徴しているかのようにも読める執拗な反復ぶりです。
そして、薫と匂宮との間で悩む浮舟にどちらか一方を選ぶよう勧める右近が
とてもかくても、事なく過ぐさせたまへと、初瀬、石山などに願をなむ立てはべる
と言うのも、当時の観音信仰を考えればごく自然な言葉でしょうが、浮舟が右近の言葉に却って追い詰められて死を願うようになることを思うと、石山寺の存在は浮舟を悲劇の方向へ導く役割を果たしているような気がいたします。
028ishiyama_2更に、本文中に石山寺の登場する最後の場面が、蜻蛉巻で石山寺参籠中の薫が浮舟失踪の知らせを受ける、という内容であるのも、何やら意図的なものを感じるのですが…深読みのしすぎでしょうか?

境内の山を半ばまで登り、寺名の由来でもあるごつごつとした珪灰石を見上げると、雄大で清浄な雰囲気が参拝者を包み込みます。
個人的には、観光ガイドなどによく書かれている「紫式部伝説の地」というよりも、『源氏物語』の描く仏教信仰の観点から考えてみたいお寺です。

【Data】
住所:滋賀県大津市石山寺1-1-1
交通:京阪石山坂本線石山寺駅下車徒歩10分
拝観:受付時間8:00~16:30 拝観料500円
tel.:077-537-0013

【参考文献】
石山寺(石山寺・石山観光協会によるWebサイト)
滋賀県高等学校歴史散歩研究会編『滋賀県の歴史散歩』新版(新全国歴史散歩シリーズ25)山川出版社 1990年

|

« 元旦の行事 | トップページ | 国宝『源氏物語絵巻』に描かれた謎のモノ達 (1) 美麗几帳 »

縁の地」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113097/7869957

この記事へのトラックバック一覧です: 石山寺:

« 元旦の行事 | トップページ | 国宝『源氏物語絵巻』に描かれた謎のモノ達 (1) 美麗几帳 »