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2006年6月24日 (土)

宇治の大君にまつわる色彩

色彩描写の少ない宇治十帖の中でも、大君は特に彩りに乏しい女君です。
細かな衣裳の色合いを人柄に絡めて描く『源氏物語』の中にあって、本文中に明記される大君の衣裳は、喪服と病中の白い重ね袿だけ。
身の周りの品にまで範囲を広げても、匂宮の弔問の文への返書を認めた「黒き紙」(椎本巻)や、薫との対面に際して間に立てた「黒き几帳」(同)が挙げられるだけで、他に色を伴った描写は見当たりません。
大君と同時に登場する中の君が「濃き御衣」(総角巻)や「山吹、薄色などはなやかなる色あひ」(同)を着ている場面があることを考えると、敢えて大君はモノトーンで描かれたと見るべきでしょう。

そうした大君に関わる色彩描写の中で、唯一接点をもつ色が紫です。

紫の紙に書きたる経を、片手に持ちたまへる手つき、かれよりも細さまさりて、痩せ痩せなるべし。(椎本巻)

八の宮が死去した翌年の夏、薫が2度目に姉妹を垣間見する場面。
薫が目にした大君は、「黒き袷一襲」を纏い、痩せ細った手に紫色の紙に書かれたお経を持った姿でした。

紫苑色の細長一襲に、三重襲の袴具して賜ふ。
(総角巻)

こちらは、中の君宛の後朝の文を届けた匂宮の使者に対して、大君が婚礼の作法に則って禄を授ける件で、紫苑色(=薄紫色)の細長が選ばれています。

うち眺めて寄りゐたまへる袖の、重なりながら長やかに出でたりけるが、川霧に濡れて、御衣の紅なるに、御直衣の花のおどろおどろしう移りたるを、落としがけの高き所に見つけて、引き入れたまふ。
 「形見ぞと見るにつけては朝露の
  ところせきまで濡るる袖かな」
(東屋巻)

これは大君の死後になりますが、薫が浮舟を宇治に連れ出す道中、浮舟の紅の袿に薫の直衣の縹が色移りしているのを見つけた薫が大君を追慕する場面です。
『孟津抄』(安土桃山時代に書かれた注釈書。九条稙通著)以来、この色移りは黒ずんだ不気味な色で、喪服を連想させたのだとする解釈が提示されていますが、双方がよほど濃い色でない限り黒くはならないでしょうし、きちんと染色したときのような澄んだ色にはならなくても、紅花染と藍染の組み合わせならば、得られる色は二藍(=赤と青の強弱に幅のある混色の紫)だろうと思います。

モノトーンの合間に点在する紫色の解釈は、さまざまな可能性が考えられるでしょう。
一面では、大君が“寄る辺ない女が愛情一縷の結婚で幸福になれるのか”というの上の担った主題を受け継ぐ人物であることを象徴しているのかもしれません。
(紫の上は『源氏物語』全体を通して40種類近い呼称を持ちますが、宇治十帖では専ら「紫の上」と呼ばれますので、作者は彼女と「紫」という色のつながりを充分に意識していたと思います)
また、紫には下記の和歌に見られるように“愛情を表す色”としてのイメージがありましたので、薫に仄かな好意を抱きながらも最期まで薫の想いを身に受けることは拒絶した大君のあり方と重ねることもできるかもしれません。

恋しくはしたにをおもへ紫の根ずりの衣色にいづなゆめ(『古今集』巻十三・652)
唐人の衣染むてふ紫の心にしみておもほゆるかも(『古今和歌六帖』第五・3503)
託馬野に生ふる紫衣にすりまだも着なくに色に出づらん(『古今和歌六帖』第五・3506)
まだきから思ひ濃き色に染めむとや若紫の根を尋ぬらん(『後撰集』巻十八・1277)

古く『紫の物語』とも呼ばれた『源氏物語』、紫という色彩は「紫のゆかり」が退場した後の宇治十帖においても、深い意味を担っているようです。

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