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2006年7月15日 (土)

清涼寺

037seiryoji_1 「嵯峨釈迦堂」の別称で有名な清涼寺は、光源氏のモデルの1人と言われる源融が営んだ山荘・棲霞観(せいかかん)とその後身・棲霞寺の故地であり、物語の中で光源氏が建立した「嵯峨野の御堂」の準拠とされています。

棲霞観の造営年代ははっきりしませんが、嵯峨上皇崩御の後、その後院であった嵯峨院の敷地の一部を譲り受けて建てたもののようです。
融は晩年、阿弥陀仏建立を発願しますが、完成を待たず寛平七[895]年に薨去。
その翌年、遺志を継いだ息子達の手で阿弥陀三尊を本尊とする仏殿が棲霞観内に建てられ、「棲霞寺」と号しました。
天慶八[945]年には重明親王妃が新堂を建てて釈迦像を安置し、一説にはここから「釈迦堂」の名が起こったとも言われます。
しかし11世紀初め、東大寺の僧・奝然が宋から持ち帰った釈迦如来像を、弟子の盛算が勅許を得て棲霞寺内の御堂に安置し、「清涼寺」と称すると、次第に高まった釈迦如来信仰によって本寺である棲霞寺よりも注目を集めるようになり、棲霞寺の存在感は薄れていきました。
現在、棲霞寺は完全に清涼寺に取り込まれ、その名も本堂東隣の阿弥陀堂に遺るのみです。

038seiryoji_2 現在の阿弥陀堂は文久三[1863]年に再建されたものですが、本尊の阿弥陀三尊像は棲霞寺創設当初に造立されたもので、現在は霊宝館に安置され、毎年春と秋に公開されています。
三尊の中心の阿弥陀如来像は、源融に似せて彫られたとも伝えられ、光源氏のモデルとなった貴公子の面影を伝える像と称する向きもあります。

写真は、上が仁王門越しに見た本堂、下が阿弥陀堂です(いずれも2006年4月撮影)。

『源氏物語』の中で語られる「嵯峨野の御堂」の記述は、風雅な山荘を寺に改めた棲霞寺の様子を髣髴とさせます。
最初にこの御堂の建立が記されるのは絵合巻末ですが、具体的に姿を見せるのは次の松風巻です。

この春のころより、内の大殿の造らせたまふ御堂近くて、かのわたりなむ、いと気騷がしうなりにてはべる。いかめしき御堂ども建てて、多くの人なむ、造りいとなみはべるめる。

造らせたまふ御堂は、大覚寺の南にあたりて、滝殿の心ばへなど、劣らずおもしろき寺なり。

御寺に渡りたまうて、月ごとの十四、五日、晦日の日、行はるべき普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧をばさるものにて、またまた加へ行はせたまふべきことなど、定め置かせたまふ。

引用文1番上は、明石の入道から大堰の故中務宮邸の修理を命じられた宿守の言葉、次はその言葉を補足して御堂を説明する地の文、1番下は建立途中の御堂に出向いた源氏の行動です。
川面」(松風巻)の大堰の邸に近く、大覚寺の南に当たる位置関係は、棲霞寺とぴったり一致します。
また「阿弥陀、釈迦」と並べられた記述も、阿弥陀仏を本尊とし釈迦堂も備えた棲霞寺の構成と重なります。
源氏が建立した御堂は、大覚寺に匹敵する風流な庭園といくつもの立派な御堂を持つ壮麗な寺院だった訳です。

松風巻では、ほとんど紫の上に対する明石の君との逢瀬の口実として使われるこの御堂、案の定(?)明石の姫君引き取りで紫の上の嫉妬が収まると、物語からは長く姿を消します。
次に登場するのは若菜上巻で、紫の上が源氏の四十の賀として薬師仏供養を行っています。
この場面でも、

御堂のさま、おもしろくいはむかたなく、紅葉の蔭分けゆく野辺のほどよりはじめて、見物なるに、(若菜上巻)

と、御堂の風流な造作と秋の嵯峨野の野辺の美しさが称讃されています。
その後はまた長らく語られず、源氏の死後、

故院の亡せたまひて後、二、三年ばかりの末に、世を背きたまひし嵯峨の院にも、六条の院にも、さしのぞく人の、心をさめむ方なくなむはべりける。(宿木巻)

と、源氏が晩年出家してここに住んだことが、薫の言葉を通して読者に知らされます。
源氏の出家そのものを物語が語らないのは周知のとおりで、源氏が後世のためにと建立した御堂の描かれ方も、そうした物語のあり方と照応しているようです。

【Data】
住所:京都市右京区嵯峨釈迦堂藤の木町46
交通:市バス「釈迦堂」下車すぐ JR山陰本線嵯峨嵐山駅・京福電鉄嵐山駅下車徒歩10分
拝観:受付時間9:00~16:00 拝観料400円(本堂・霊宝館それぞれ)
tel.:075-861-0343

【参考文献】
五台山清涼寺『嵯峨釈迦堂:五台山清涼寺』 ※拝観者用パンフレット
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典』角川書店 1994年
田中隆昭編集『源氏物語の観賞と基礎知識20 絵合・松風』至文堂 2002年
山本四郎著;井上厚撮影『京都府の歴史散歩 中』新版(新全国歴史散歩シリーズ26)山川出版社 1995年

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