« 胡蝶 | トップページ | 青海波(2)奏舞の作法 »

2006年8月19日 (土)

青海波(1)伝来と平安時代の事例

052seigaiha_1 『源氏物語』読者なら誰でも知っている舞楽と言えば、やはり筆頭はこの「青海波」でしょう。
左方唐楽盤渉調の二人舞で、四人舞(古くは二人舞とも)の「輪台」と組舞になっている特殊な形態の舞曲です。
「輪台」を〈序〉、「青海波」を〈破〉として続けて舞います。
番舞は「敷手」。
「垣代(かいしろ)」と呼ばれる人達が舞人の後ろに居並ぶのも、この舞の大きな特徴です。
(写真は風俗博物館2006年下半期展示「桐壺帝の朱雀院行幸」より、「青海波」を舞う光源氏と頭中将)

伝来について、『教訓抄』(天福元[1233]年成立の雅楽書)には以下のように記されています。
この曲は「竜宮ノ楽」で、昔天竺(=インド)で波の上に浮かぶ舞と波の下に奏でられる楽を伝え聞いたバラモン僧正がこれを漢に伝え、更にそれが帝都によって舞曲に整えられました。
日本に伝来した当初は平調でしたが、仁明天皇の勅命により盤渉調に改作、良峯安世が舞を、和爾部大田麿が曲を、小野篁が詠をそれぞれつくったと言います。
また『原中最秘抄』(13世紀後半成立の『源氏物語』注釈書。源光行・親行親子の筆に子孫の増補が加わる)には

輪台青海波は婆羅門僧正渡朝二時悪風によりて輪台国に吹よせらる始て此舞を見て彼国の伶人舞輪台之後龍神二人は浮海上岩於為冠帯剣大海浦お為装束舞青海波云々(上「紅葉賀」)

との伝承が記されています。
輪台国」は漢の武帝の時代に征服された都市国家で、現在の新疆ウイグル自治区、天山山脈南麓の庫車(クチャ)と庫爾勒(クルラ)の中間に位置します。
およそ海とは無縁の内陸部ですけれど、どうもこの地域には当時塩湖が広がっていたようで、「」は塩湖のことを指しているのではないかと思われます。
尚、現代の中国には「青海省」「青海湖」といった地名がありますが、これらと「青海波」との間に何か関連があるのかは不明です。
新井白石の著書『楽考』には「青海波は則青海破なるべし」と書かれているのですが、この「青海」が青海省または青海湖を指しているかどうかはわかりません。

平安中記~後期の記録を見ると、7月の相撲節会で舞われた例が多く見られ(『小右記』『後二条師通記』『中右記』)、『江家次第』巻第八にも、相撲節会で「青海波」を舞う場合の装束と垣代に関する記述があります。
また、法華八講や一切経会のような仏事で奉納された記録も見られる(『御堂関白記』『後二条師通記』『中右記』)他、上皇算賀を含む朝覲行幸でも舞われています(『中右記』『殿暦』『玉葉』)。
ただし、朝覲行幸での舞の事例は『源氏物語』執筆より後の年代で、逆に紅葉賀巻の「青海波」が歴史の方に影響を及ぼした結果であるとの指摘もあります。

竜宮ノ楽」と言われるとおり、緩やかに袖を打ち返す所作で寄せては返す波を表現する優雅な舞で、現代に伝わる舞楽の中で名品中の名品とも称讃される「青海波」
『源氏物語』の中で舞そのものが描かれるのは、紅葉賀巻のみです。
御前での試楽と、朱雀院行幸の本番と、2度に渡って光源氏の神がかり的な美しさが絶賛され、その後の物語でも繰り返し回想される、最も輝かしい記憶となっています。
あるいは、「青海波」を舞う光源氏の姿を特別なものとして読者の心に強烈に刻印するために、他の場面や登場人物に重ねて「青海波」を用いることを避けたのかもしれません。

長文になりますので、今回の記事ではここまで。
次回は、紅葉賀巻の記述とも照らし合わせながら、奏舞の作法をご紹介します。

【参考文献】
狛近真著 ; 植木行宣校訂『教訓抄』(日本思想大系第23巻『古代中世芸術論』所収)岩波書店 1973年
音楽之友社[編]『邦楽百科辞典 : 雅楽から民謡まで』音楽之友社 1984年
東儀信太郎[ほか]執筆『雅楽事典』音楽之友社 1989年
上原作和編「源氏物語音楽用語事典
『アジア歴史事典』平凡社 1959~1962年

【この記事からのトラックバック】
青海波(せいがいは)(雅楽のウェブログサイト/ kenken’s 雅楽)

日本ブログ村のランキングに参加しています。よろしければクリックをお願いいたします。
 にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 歴史ブログへ

|

« 胡蝶 | トップページ | 青海波(2)奏舞の作法 »

平安の風俗」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113097/11434217

この記事へのトラックバック一覧です: 青海波(1)伝来と平安時代の事例:

« 胡蝶 | トップページ | 青海波(2)奏舞の作法 »