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2006年8月23日 (水)

青海波(2)奏舞の作法

053seigaiha_2 前の記事では、曲の伝来を中心にご紹介しましたが、今回は紅葉賀巻での光源氏の舞と照合しつつ、この舞のプログラム構成をご紹介します。
「輪台」「青海波」は非常に大掛かりで長い舞曲で、作法の一部も失われてしまっているため、現代では略式の奏舞が行われています。
作法は時代によって変わっていったようで、『仁智要録』(藤原師長[1138-1192]著の雅楽書)と『教訓抄』(天福元[1233]年成立の雅楽書)にも複数の説が記されていますが、古来の作法を再現すると概ね以下のようになります。
(写真は風俗博物館2006年下半期展示「桐壺帝の朱雀院行幸」より、「青海波」を舞う光源氏・頭中将と垣代)

まず管方が盤渉調調子・音取を吹き、管絃吹(ゆっくりとした拍子で演奏すること)で「輪台」を奏します(これを現行の雅楽では「延輪台(のべりんだい)」と呼びます)。
その間に舞人は、「青海波」の二﨟を先頭に「輪台」の舞人と垣代、末尾に「青海波」の一﨟と1列に並んで袖を打ち振る所作をしながら舞台の下を一周し、舞台の後ろに並びます。
垣代のうち4人は、笙・篳篥・竜笛・琵琶を携えて立ち、それ以外の垣代の人々は「反鼻(へんび)」と呼ばれる蕨のような形をした木製の楽器を懐から取り出して手に持ちます。
(反鼻は、後述する唱歌と吹渡の間に撥で打ちます)
「輪台」の舞人は楽屋で甲を着けます。
「輪台」の舞人が登台して位置に付くと、延輪台を止め、今度は舞楽吹でテンポを速めて(『仁智要録』では一帖、『教訓抄』では二帖)演奏し、舞が舞われます。
詠・音取・詠・唱歌・吹渡の後に当曲が一帖奏舞され、詠~吹渡が繰り返されます。
後半の詠が終わると垣代は2つの輪をつくり、その中で「青海波」の舞人が袍を着替え、太刀を帯びます。
最後の一帖の半ばで「輪台」の一・二﨟は降台し、三・四﨟は最後まで舞いますが、三・四﨟が舞っている間に「青海波」の舞人が登台します。

四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたる物の音どもにあひたる松風、まことの深山おろしと聞こえて吹きまよひ、色々に散り交ふ木の葉のなかより、青海波のかかやき出でたるさま、いと恐ろしきまで見ゆ。

とあるのは、「青海波」の袍を纏って垣代の輪の中から現れた光源氏の麗姿を指しているのでしょう。

「青海波」の舞人が登台すると直ちに「青海波」が奏され、「輪台」の三・四﨟は降台して垣代の列に入り、「青海波」の舞人が位置に付くと吹止句を奏し、改めて「青海波」当曲になり舞い始めます。
(鎌倉時代以降は「輪台」を吹流しで終え、「青海波」へ続きます)
当曲二帖を舞い、「輪台」と同様、詠・音取・詠・唱歌・吹渡と続きます。
〈詠〉とは、楽を止めて舞人が詞を述べるもので、紅葉賀巻にも

詠などしたまへるは、「これや、仏の御迦陵頻伽の声ならむ」と聞こゆ。

と語られていますが、詠の発声法は現代には伝わっておらず、『仁智要録』や『奥入』『教訓抄』などに詞だけが残されています。

詠はてて、袖うちなほしたまへるに、待ちとりたる楽のにぎははしきに、

とある「待ちとりたる楽」は初回の詠に続く音取のことで、舞人が袖を打ち替える間に垣代楽人が、笙を先頭に篳篥、琵琶、竜笛の順に加わって「青海波」固有の旋律を演奏します。
〈唱歌〉は口三味線のように「タラリラリ」などの節で旋律をなぞるもので、これも現代は発声法が途絶えてしまっています。
〈吹渡〉で奏楽が垣代楽人から管方に戻ります。
再び当曲を二帖奏舞し、詠・音取・詠・唱歌・吹渡を繰り返し、最後に当曲を三帖奏舞します。
舞が終わると、管方が「青海波」(平安末期?以降は延輪台)をもう一度演奏する中を舞人は降台、「青海波」の一﨟を先頭に輪をつくり、最初と同様に舞台を一周してから退きます。

菊の色々移ろひ、えならぬをかざして、今日はまたなき手を尽くしたる入綾のほど、そぞろ寒く、この世のことともおぼえず。

と語られる「入綾」は、降台するときの最後の「青海波」の奏舞を指していると思われます。

尚、現代の雅楽書を読むと“正式な奏舞では管方に筝が入り「管絃舞楽」と称する”といったことが書かれているのですが、私が調べた限りでは平安・鎌倉期の文献から裏付けは取れませんでした。

次回は、「青海波」の装束についてご紹介します。

【参考文献】
藤原師長著 ; 神宮司廳編『仁智要録』(『古事類苑』普及版「楽舞部」所収)古事類苑刊行會 1931年
狛近真著 ; 植木行宣校訂『教訓抄』(日本思想大系第23巻『古代中世芸術論』所収)岩波書店 1973年
音楽之友社[編]『邦楽百科辞典 : 雅楽から民謡まで』音楽之友社 1984年
東儀信太郎[ほか]執筆『雅楽事典』音楽之友社 1989年
採桑老の口傳(HN採桑老さん作成の雅楽紹介サイト)

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