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2006年9月 1日 (金)

青海波(4)装束その2~袍~

057seigaiha_6055seigaiha_4 とても豪華で特徴的な別様装束を用いる「青海波」、前回のに続いて袍をご紹介します。
(写真左は、風俗博物館2006年下半期展示「桐壺帝の朱雀院行幸」より「青海波」を舞う光源氏の袍。右は、『舞楽図』より「青海波」)

平安時代の文献を考証して展示された袍は、現行のものとは柄が全く異なります。
『舞楽図』からも千鳥の模様がはっきり見て取れるように“青海波文様に千鳥の刺繍”というのが近世以来の袍の特徴ですが、展示では千鳥の刺繍はなく、文様も半円形を重ねた青海波文様ではありません。
千鳥の刺繍がないのは、『江家次第』『河海抄』など「青海波」の装束について記した古文献に千鳥の刺繍に関する記述が全く見られないことに拠るそうです。
私が調べた限りでも、千鳥の刺繍に言及している最も古い文献は、永正六[1509]年成立の豊原統秋著『舞曲口傳』でした。

青海波ハ龍宮楽ナリ。装束ノ色。青白浪ニ千鳥ノ文にヌヒモノニシ侍リ。

文様については、『紫明抄』と『原中最秘抄』(いずれも13世紀後半成立の『源氏物語』古注釈)に「こあふひ」と書いてあるのを発見したのですが、展示の文は小葵文とは違いそうです。

青海波御賀時装束事
(中略)表衣やまはといろ[号青色袍もえき]こあふひ表袴あられにくわんぞめ(『紫明抄』巻第二)

表衣やまふき色に紋はこあふひ表袴あられに瓜の紋(『原中最秘抄』上)

展示の袍は何の文様で典拠は何なのか、いずれも私にはよくわかりませんでした。

また「青海波」の袍は、上に引用した文献にも記述があったとおり、左方舞でありながら青色である点も大きな特徴ですが、これに関しては『小右記』に興味深い記述があります。

今日清〔青〕海波装束不似例季云々、前例着重装束、而着青色、(中略)但青海波舞人、天暦三季着青色、若彼例欤、抑両説乎、(寛弘二[1005]年七月廿九日条)

この日の相撲節会で舞われた「青海波」の装束に対する筆者・藤原実資の批評ですが、過去は他の舞と同じ襲装束を着たのに今日は青色だった、という内容です。
但し、実資自身が書いているとおり、過去にも「青海波」の舞人が青色の袍を着た例はあった訳です。
そして、この記事から100年ほど後に成立した『江家次第』には

若舞青海波時、王二人著麹塵袍、[或召蔵人袍給之、](巻第八「相撲召仰」)

と書かれていて、この頃にはすっかり青色に定まったようです。
天暦三季」とは天暦三[949]年、聖代と仰がれた村上天皇の治世ですので、その前例を模範としたのか、それとも青色の方が青海原の波を表したこの舞に相応しいと判断されたのか、そこのところはわかりませんが、ちょうど『源氏物語』の書かれた時代から転換期が始まったようです。

さて、光源氏が朱雀院行幸で纏った袍は、何色だったのでしょうか?

《追記》
『小右記』に示される天暦三[949]年の前例は当時の史料からの裏付けが取れませんでしたが、『村上天皇御記』康保三[966]年十月七日条には、この日内裏で催された舞楽御覧で藤原済時と藤原為光が「麹塵闕腋袍」を着て舞ったことが記されています。
同日条には「左衛門督藤原朝臣頼忠朝臣、重光朝臣以下廿四人為垣代」「朱紫交舞」とあり、三位~五位の人々が垣代を務めたことがわかります。
権門の貴公子が舞い、殿上人を含む高位の人々が垣代に立ったこの事例を、三田村雅子先生は「もっとも源氏物語の叙述に近い」と指摘しておられます(下記参考論文)。
また同論文では、朱雀院行幸本番での光源氏の舞について、天皇の衣裳である麹塵袍を身に着けることで本来ならば行幸という祭典の主催者・桐壺帝の似姿となり帝の勢威を荘厳する筈が、繰り返される「ゆゆし」「そぞろ寒し」の語によって光源氏自身が地上の王権を相対化する異界の王であるかのような畏怖を人々に齎した様を描き出している、との解釈が提示されています。
こういった先例との影響関係や場面解釈などを考えると、この場面で光源氏が着た袍はやはり青色だったと見るべきなのかもしれません。

【参考文献】
高島千春筆『舞楽図 左』(故實叢書第3輯第18回)吉川弘文館 1905年
河上繁樹執筆・編集『舞楽装束』(日本の美術No.383)至文堂 1998年
三田村雅子「青海波再演―「記憶」の中の源氏物語」(「源氏研究」5号 2000年 pp.30-54)

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