« 『平安時代史事典』復刊決定 | トップページ | 青海波(6)装束その4~平緒・太刀・表袴~ »

2006年9月 9日 (土)

青海波(5)装束その3~半臂・下襲~

058seigaiha_7 055seigaiha_4舞楽「青海波」の衣裳、に引き続き今回は、袍の中に着る半臂と下襲のご紹介です。
(写真左は、風俗博物館2006年下半期展示「桐壺帝の朱雀院行幸」より「青海波」を舞う光源氏の右肩から袖のアップ。右は、『舞楽図』より「青海波」)

まずは、史料に残された衣裳の記述を挙げておきます。

着青打半臂、[以銀押浜形・海浦・波文等、](中略)青海波舞人二人、次々舞間、猶着水文半臂(『中右記』康和四[1102]年三月廿日)

海浮半臂(『江家次第』巻第八「相撲召仰」)

大海浦半臂えひそめの下襲[面大海浦裏えひそめ](『紫明抄』巻第二)

蒲陶染下襲[面大海賦裏蒲陶]大海賦半臂(『河海抄』巻第四)

半臂は青色で、海をイメージした波や州浜の文様が描かれました。
『中右記』の記述に従えば、文様は銀箔押しで施されたようです。
展示写真で白く光を反射しているのが、箔押しの銀です。
(フラッシュのせいで文様が飛んでしまっています。ご容赦を)
因みに、現行の「青海波」の半臂は、古文献からの復元とは全く異なり、萌黄地の綾錦に牡丹・唐草・五窠・花菱を白や紫、橙などの色糸で織り出し、袖先と襟には紅地金襴に金箔まで施した、極めて絢爛豪華な仕立てです。
復元された半臂が青色と銀を基調としているのに対し、現代のものは萌黄色の地よりも色糸や金襴が目立つ影響で全体に朱色系統の印象を受けます。
時代的に両者の間に位置する『舞楽図』の半臂は、展示の半臂に近い緑の絵の具で描かれていますけれど、いつから現代のような仕立てになったのでしょうか?

下襲は、『紫明抄』『河海抄』の記述のとおり、裏が葡萄染で、表は文献にはっきりとした色の指定はありませんがおそらく白で、半臂と同じく波の文様を描きます。
展示写真からも、袖口や襟元に裏の葡萄染がおめり出されているのがおわかりいただけるかと思います。
現行の下襲は、袖先と襟に紅色繁菱文の綾絹で縁取りがされていますが、これは近世の女房装束(所謂「十二単」)に見られる“比翼仕立て”と同じで、本来は下襲の下に着る単を省いて見た目だけ重ね着しているようにした仕立てです。
展示では、平安時代に比翼仕立てはまだ存在しなかったことを考慮してのことでしょう、別に誂えた単を着せた上に下襲を重ねています。

次回で、装束については最終回となります(「青海波」全体では残り2回の予定)。
もうしばらくお付き合いください。

【参考文献】
多忠麿編 ; 林嘉吉撮影『雅楽のデザイン : 王朝装束の美意識』小学館 1990年
高島千春筆『舞楽図 左』(故實叢書第3輯第18回)吉川弘文館 1905年

日本ブログ村のランキングに参加しています。よろしければクリックをお願いいたします。
 にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 歴史ブログへ

|

« 『平安時代史事典』復刊決定 | トップページ | 青海波(6)装束その4~平緒・太刀・表袴~ »

平安の風俗」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113097/11814518

この記事へのトラックバック一覧です: 青海波(5)装束その3~半臂・下襲~:

« 『平安時代史事典』復刊決定 | トップページ | 青海波(6)装束その4~平緒・太刀・表袴~ »