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2006年11月 3日 (金)

小袿と細長(1)小袿

064kouchiki_1 平安貴族女性の装束というと、真っ先に思い浮かぶのはいわゆる十二単(裳唐衣装束・女房装束)ですが、正装とは異なる私的な装いとして物語などによく描かれる衣裳に、小袿と細長があります。
以下、3回に分けてこれらの衣裳をご紹介いたします。
1回目は小袿について。

小袿とは、小形の袿の意で、形は袿や表着と同じ垂頸・広袖ですが、特に丈が短く仕立ててられています。
近世の小袿は、表地と裏地の間に中陪(なかべ)と呼ばれる色違いの裂を装飾として入れて三重に仕立てるのが特徴で、これをもって中陪のない袿と区別していますが、平安時代の段階では必ずしもこの区別は明確ではなかったようです。

材質は、唐衣と同様に一番上に着る衣ですので、表地には華やかな織物を用い、中陪と裏地には平絹を使うのが普通でした。
『源氏物語』にも、「紅、紫、山吹の地の限り織れる御小袿など」(紅葉賀巻)「紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿」(玉鬘巻)「梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿」(玉鬘巻)「このころの花の色なる御小袿」(胡蝶巻)「萌黄にやあらむ、小袿着て」(若菜下巻)「若苗色の小袿」(宿木巻)のように、明るく華やかな色と織の施された小袿がさまざまな場面で描かれています。
夏物の場合ですと、

かの薄衣は、小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近くならして見ゐたまへり。(『源氏物語』空蝉巻)
黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、(『枕草子』一九一段「野分のまたの日こそ」)

の例のように、薄物で仕立てたものもありました。

色目や文様に禁色はなく自由だったようで、袷の袿と同じく表・(中陪)・裏によって重ね色目を表現しました。
中陪が入る場合は、一般に表と裏が同色の場合はその淡色を、表裏が同色相の濃淡の場合はその中間の濃さの色を、表と裏で異なる色の場合はその中間の淡色を用いて変化をつけたようです。

高貴な身分の女性達の間では、正装である女房装束の略装として、唐衣の代わりに小袿を重ねることがありました。
これを「小袿姿」または「小袿装束」といい、男性装束の衣冠(束帯に次ぐ準正装)に相当する装いとされました。

『枕草子』では、定子中宮の妹である東宮妃・原子と中宮の母・貴子が小袿を着用している例が見られます。

紅梅いとあまた、濃く薄くて、上に濃き綾の御衣、すこし赤き小袿、蘇枋の織物、萌黄の若やかなる固紋の御衣たてまつりて、(一〇〇段「淑景舎、春宮にまゐりたまふほどのことなど」)
皆、御裳、御唐衣、御匣殿までに着たまへり。殿の上は、裳の上に小袿をぞ着たまへる。(二六三段「関白殿、二月二十一日に」)

一〇〇段の原子の例は中宮との対面の際、二六三段の貴子の例は積善寺供養の際のもので、褻の装束とは言ってもやはり全くの日常着ではなく、礼儀を正した衣裳という位置付けだったのだろうと思われます。
特に貴子の例は、小袿が唐衣の代用とされたことがよくわかります。
同様に『栄花物語』でも、太皇太后彰子と皇太后妍子が禎子内親王の裳着に列席した際、

このたびはもろともに二宮うちつづきて渡らせたまふほど、あなめでたと見えさせたまふ。皆御裳、小袿など奉りたり。(巻十九 御裳ぎ)

と、2人が揃って小袿と裳を着けていたことが記されています。

上臈女房になると、小袿姿で主人の前に出ることも許されたようで、『源氏物語』では落葉宮の母方の従姉妹にあたる上臈女房の小少将の君が

衣の色いと濃くて、橡の衣一襲、小袿着たり。(夕霧巻)

と、喪服の上に小袿を着ている例も見られます。

『源氏物語』中「小袿」の用例は24例あり、軒端の荻、空蝉、紫の上、大宮(桐壺帝の妹宮)、明石の君、玉鬘、宇治の中の君、浮舟と、一家の女主人や姫君が多く着用しています。
女房では、上に挙げた小少将の君の着用例がある他、明石の君が

柳の織物の細長、萌黄にやあらむ、小袿着て、羅の裳のはかなげなる引きかけて、ことさら卑下したれど(若菜下巻)

と、自ら遜って女房の格を示すために着けた裳と共に小袿を着用しています。
そしてこれも明石の君の着用例ですが、

端近うゐたまへるに、御前駆追ふ声のしければ、うちとけ萎えばめる姿に、小袿ひき落として、けぢめ見せたる、いといたし。(野分巻)

とあり、源氏の来訪に糊気の落ちた袿の上から小袿を羽織って居住まいを正す様子が描かれています。
これなども、改まった装いとしての小袿の位置付けを傍証する用例といえるでしょう。

小袿姿の女性が描かれている『蜻蛉日記』『うつほ物語』『落窪物語』『枕草子』『源氏物語』『紫式部日記』『栄花物語』の記述を総合すると、次のような傾向が見て取れます。

  • 着用者は皇族(太皇太后・皇太后・中宮・内親王など)から受領階級まで幅広いが、ほぼ主人の立場にある女性である。
  • 女房が着用する場合は、主人に非常に近しい上臈女房に限られる。
  • 着用する場は、正月や特別な行事・儀式、高位の人物や目上の親族との対面、旅先への出立時など、日常生活よりも一段格式の高い場面が多い。
  • 唐衣の代わりに裳と共に着用する場合もあり、準正装と見なされる。

065kouchiki_2 また風俗博物館Webサイト「日本服飾史 資料」内にある「公家姫君婚儀の装い」には、12世紀に行われた公家の婚儀において、花嫁である姫君は小袿姿だったことが紹介されています。

尚、『紫式部日記』には、

葡萄染めの織物の小袿、無紋の青色に、桜の唐衣着たり。

と、小袿と唐衣を重ね着しているように読める記述がありますが、小袿と唐衣の重ね着は考えにくく、また『紫式部日記絵巻』の本文には「こうちき」ではなく「うちき」と記されていることから、これは写本の誤写と見做されているようです。
(本文によっては、校訂者の判断で「」に改められているものもあります)

写真は、上が風俗博物館2003年下半期展示「歳暮の衣配り(玉鬘巻)」より、見立てられた衣裳を羽織る紫の上(一番上が「葡萄染の御小袿」)、下が2005年上半期展示「三日夜の餅の儀(藤裏葉巻)」より、夕霧との婚礼に臨む小袿姿の雲居雁です。

【参考文献】
秋山虔, 小町谷照彦編『源氏物語図典』小学館 1997年
長崎盛輝著『かさねの色目 : 平安の配彩美』京都書院 1996年
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典』角川書店 1994年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の信仰と生活』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年

※この記事は、小池笑芭さんのWebサイト「源氏の部屋」に掲載していただいている「小袿と細長」に若干の加筆修正を加えたものです。

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