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2006年12月25日 (月)

生い茂らない八重葎~蓬生の庭~

平成11[1999]年~17[2005]年にかけて制作された国宝『源氏物語絵巻』復元模写19図は、さまざまな点で見る人に衝撃を与えましたが、蓬生も大いに驚きを齎した図でした。
原画は、画面の大半を占める庭の部分が茶色く褪色し、そこに何が描かれているのかはほとんどわからない状態になってしまっています。
ところが復元された図では、庭には白く眩い銀の顔料が塗られ、その上に青々とした草が点々と描き込まれていたのです。
原画の色に馴染み、『源氏物語』原文を知る者として、最初に見たときの正直な感想は
「イメージと違う」
の一語に尽きました。
絵巻ができた当初から現在のような色合いでなかったのは当然としても、それにしたってあまりに庭が白すぎる。
そして邸の荒廃ぶりに比べて草の茂り方がおとなしすぎる。
…NHKの番組を通して初めて蓬生の復元模写を目にしたとき、私が強く感じたのはこの違和感でした。

違和感の多くは、復元模写の現物を実際に見ることで解消されました。
極めて直感的ではありますが、展覧会の会場で蓬生の図と向き合ったとき、
「露に反射する月の光を表すためには、これだけの銀の広さが必要だったのだ」
と納得できたのです。
原文に繰り返し描写される美しい月の光を表現するために、草を鬱蒼と茂らせることはせず、敢えて銀色の余白を多く残したのだろう、と自分なりに理解した次第でした。

その後、『描かれた源氏物語』(翰林書房 2006年)にも蓬生の草の解釈が書かれているのを見つけました。
巻頭に収録された佐野みどり先生、三田村雅子先生、河添房江先生による座談会の中に、こんなご発言があったのです。

三田村 (前略)植物一つ一つが建物のこわれかけた木材から伸びているように描かれている。こんなにたくさん伸びて、これは忍草じゃないかと思うんだけど、「偲ぶ」という意味の葉が、光源氏に向けて伸びているわけですよね。末摘花の思いがそちらに向けて、放射されている姿に思われる。(中略)
 しかも、この下にバラなんでしょうかね。とげとげのバラが三株、黒く描かれているんですね。この建物の下にしか描かれていないので、これもやはり末摘花を象徴しているように感じる。外からの人物がやってくることを遠ざけつつ、光源氏に対しては触手を伸ばしているという、末摘花の自閉とこだわりを表すような植物群になっているのではないか。(後略)

専門家の手にかかると、こうも細密な解釈になるのか、と感嘆するばかりですが。
『よみがえる源氏物語絵巻』(日本放送出版協会 2006年)によると、この図にはヨモギやカタバミなど10種類以上の草がとてもリアルに描き込まれているそうです。
すべての草の種類に象徴的な意味があるかどうかはわかりませんが、それぞれの草が種類を特定できる姿で描かれていなければ、そもそもこうした解釈を展開する余地はありません。
描かれた草がどれも背が低く、ひとつひとつの草葉の形が見て取れるほどに疎らなのには、あるいは「何の草が生えているのかを鑑賞者に読み取らせたい」という絵師の考えがあったのかもしれません。

蓬生巻原文の描く末摘花の邸の庭の荒廃は凄まじく、「浅茅は庭の面も見えず、しげき蓬は軒を争ひて生ひのぼる」「さる薮原」「かかる浅茅が原」と草深い様子が繰り返し描かれます。
現実の植物の育ち方を考えても、例えばヨモギは1m近く、チガヤ(=浅茅)も60cm程度には育つ草で、どちらも多年草です。
この場面がまだ本格的に夏が訪れる前の卯月のことといっても、多年草ですから越年して大きく育った株が全くなかったら不自然でしょう。
また葎の一種であるヤエムグラは、原文にも「葎は西東の御門を閉ぢこめたる」との描写があるように、単体では自立せず他の草木などに茎を引っ掛けながら上へ伸びていく性質があります。
こうした事柄を念頭にこの場面の庭の有様を想像すると、芽生えたての若葉のような背の低い草ばかりがちらほらと生えているだけの穏やかな状態で済むとはとても考えられません。
にもかかわらず、復元模写で明らかにされたように余白が多く疎らに草が描かれていたのなら、きっとそこには、敢えてそういう描き方をした絵師の意図がある筈です。
どの解釈が正しいか、正しくないかは、私には判断できませんが、原文や現実と描かれた内容との間にずれを感じたら、「何のためにこうした描かれ方がされたのか」と想像を巡らせてみると面白いだろうと思います。

【参考文献】
三田村雅子, 河添房江編『描かれた源氏物語』(源氏物語をいま読み解く 1)翰林書房 2006年
三田村雅子『草木のなびき、心の揺らぎ : 源氏物語絵巻を読み直す』(Ferris Books 10)フェリス女学院大学 2006年
NHK名古屋放送局「よみがえる源氏物語絵巻」取材班『よみがえる源氏物語絵巻 : 全巻復元に挑む』日本放送出版協会
 2006年

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