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2007年2月 1日 (木)

算賀(2)時期と場所

078sanga_2 算賀の5W1H(誰がいつどこで何をなぜどのように)の2回目は、「いつ」と「どこで」について。
(写真は風俗博物館2006年下半期展示「桐壺帝の朱雀院行幸」より、紅葉の下で青海波を舞う光源氏・頭中将と御簾の内で舞を見る桐壺帝・一院・東宮)

算賀の時期については、特段の決まりはないようです。
ただ、史実の例を見ると、10~12月に多い傾向が見られます。
何か理由があるのか、それともたまたまなのか、解説書などにも時期に関する説明は全く載っていないのでどうにもわかりません。

『源氏物語』では、この傾向に呼応するような設定がされています。
光源氏四十の賀は、正月に1回(玉鬘主催)あった他は十月(紫の上主催)と十二月(秋好中宮主催・夕霧主催)に合計3回催されており、朱雀院五十の賀も、正月(今上帝主催)と十月(女二の宮主催)と十二月(女三の宮主催)に1回ずつとなっています。
紅葉賀巻の朱雀院行幸も、十月のことですので傾向と合致します。
ただし、女三の宮主催の朱雀院五十の賀は、もともと二月の予定だったのが延引に延引を重ねた末に歳末にまで押し詰まってしまった結果ですので、傾向に即したものという訳ではありません。

079sanga_3 正月に催す場合は、年中行事の供若菜と絡めて若菜調進の祝賀を行ったようです。
※リンク先は、小池笑芭さんのWebサイト「源氏の部屋」に掲載していただいている考察です。
延長二[924]年正月二十五日の醍醐天皇四十の御賀に際して、父・宇多上皇が若菜の羹を献上した史実は有名で、

正月二十三日、子の日なるに、左大将殿の北の方、若菜参りたまふ。(若菜上巻)

と語り出される玉鬘主催の光源氏四十の賀の準拠ともされています。
『うつほ物語』に描かれる大宮主催の嵯峨院后の宮六十の賀も、正月乙子の日に設定され、若菜調進がされています。
(写真は風俗博物館2004年上半期展示「玉鬘主催源氏四十の賀」より、祝宴に用意された若菜の羹を載せた懸盤)

場所については、公事の算賀には一定の決まりが示されています。

基本的に天皇算賀では紫宸殿が会場とされたようです。
『新儀式』「奉賀天皇御算事」には、南殿(=紫宸殿)に帝の御座と公卿の座、宜陽殿西廂に侍従の座を設けると記されており、『西宮記』巻十二「天皇御賀」に挙がっている諸例でも紫宸殿で催されています。
ただし、東宮道康親王(後の文徳天皇)や右大臣藤原良房がそれぞれ主催した仁明天皇四十の賀のように、清涼殿が会場となった例も散見されます。

上皇算賀は、後院で催すのが通例でした。
『新儀式』「天皇奉賀上皇御算事」では会場を「朱雀院」と明記しています。
史実でも、淳和天皇主催の嵯峨上皇四十の賀が内裏で行われた他は、冷泉院(陽成上皇七十の賀)、朱雀院(宇多法皇四十の賀・五十の賀)、亭子院(宇多法皇五十の賀・六十の賀)が会場になったことがわかっています。

太后算賀は、主催者によって会場が異なってくるようです。
天皇主催の場合は常寧殿を基本としながらも、異なる例も少なからず見受けられます。
『新儀式』「天皇賀太后御算事」には、会場を常寧殿としつつも割注に

元應二年。設給宴於清涼殿云々。

とあって清涼殿開催の前例もあったことが記録されており、『西宮記』巻十二「皇后御賀事」にも、常寧殿と清涼殿で催されたそれぞれの事例が記されています。
また、陽成天皇主催の藤原明子五十の賀(清和院)のように、太后の御座所を会場とした場合もありました。
主催者が上皇になると、その仙洞御所が会場とされることがあり、二条院(=陽成院)で行われた陽成上皇主催の藤原高子五十の賀がその例として挙げられます。

また、いずれの場合も儀式や宴と並行して、寺院で長寿祈願の仏事が行われました。

臣下の算賀になると、一定の法則性や基本路線というのはよくわからず、大まかな傾向がまとめられる程度です。
パターンとしては以下の3つがあります。

  • 被算者の邸に主催者が赴いて儀式を行う
  • 主催者の邸に被算者を招いて儀式を行う
  • 被算者または主催者に縁の寺院などで仏事を修す

『源氏物語』の例をこれに照らし合わせると、やはり同様の分類になります。

  • 被算者邸会場
    • 桐壺帝主催一院四十の賀(朱雀院)
    • 玉鬘主催源氏四十の賀(六条院)
    • 夕霧主催源氏四十の賀(六条院)
    • 落葉の宮主催朱雀院五十の賀(西山御寺)
    • 〔女三の宮主催朱雀院五十の賀?〕
  • 主催者邸会場
    • 紫の上主催式部卿宮五十の賀(六条院)
    • 紫の上主催源氏四十の賀(二条院)
    • 秋好中宮主催源氏四十の賀(六条院秋の町)
  • 仏事
    • 紫の上主催源氏四十の賀(嵯峨御堂)
    • 秋好中宮主催源氏四十の賀(奈良七大寺・京四十寺)
    • 女三の宮主催朱雀院五十の賀(五十寺・西山御寺)
  • 会場不明
    • 今上帝主催朱雀院五十の賀

次回からは、「どのように」、具体的な儀式の進め方をご紹介します。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
浅尾広良[著]『源氏物語の準拠と系譜』第Ⅱ篇第3章「光源氏の算賀―四十賀の典礼―」翰林書房 2004年
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識14 若菜上(後半)』至文堂 2000年
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識3 若菜上(前半)』至文堂 1998年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の儀礼と歳事』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年

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