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2007年2月17日 (土)

算賀(4)室礼・献上品

080sanga_4 儀式の室礼は、儀式書をはじめさまざまな文献に細かく記録されています。
全部を書き出すと非常に煩雑になりますので、概略のみをまとめます。
(写真は、風俗博物館2004年下半期展示「紫の上主催源氏四十の賀」より、細工物の鳥が花を銜えた姿に装飾された贈り物の挿頭)

『新儀式』によると、天皇・上皇・太后などの公の算賀では、会場となる殿舎の室礼を算賀の当日早朝に行いました。
ただし太后算賀の場合だけは、常寧殿を会場とするためか前日に室礼をすると定めています。

殿舎の中心には、被算者の座が設けられます。
天皇の算賀では節会と同様に倚子を立て、上皇・太后の算賀では大床子(背凭れや肘掛のない机に似た腰掛。上に円座を敷き脇息を置きます)が用いられました。
倚子や床子はほとんど宮中でのみ用いられた座具ですので、臣下の算賀は平敷の座だったようです。
ただし上皇算賀であっても、陽成天皇七十の賀のように倚子が立てられたり、逆に宇多上皇四十の賀のように平敷の御座だったりする例もあります。
『源氏物語』若菜上巻での光源氏四十の賀で、玉鬘主催のときは「うるはしく倚子などは立てず」、紫の上主催のときは「螺鈿の倚子立てたり」と倚子の有無が真っ先に言及されるのは、それが儀式の格式に直接的に関わってくるからでしょう。

被算者の座の後ろには屏風を立てます。
(屏風については次回詳述いたします)

その周囲には、被算者に贈呈される装束・日用品・杖・挿頭・酒食の膳などが、唐櫃や厨子や棚、机などの調度品に納められて並びます。

装束類は、『新儀式』第四「天皇奉賀上皇御算事」に

立御厨子各五基。[五基納夏冬御衣。五基積雑帛各五十疋。(後略)]

とあるように、1年間の衣類を満遍なく揃えるのが通例で、夏冬の衣裳の他、仕立てていない絹織物も含まれました。
日用品も非常に多岐にわたり、史実ではなく物語の記述ではありますが、『うつほ物語』菊の宴巻や『源氏物語』若菜上巻に列挙された品々からその具体的な中身を知ることができます。

かくて、后の宮の御賀、正月二十七日に出で来る乙子になむ仕りたまひける。設けられたる物、御厨子六具、沈、麝香、白檀、蘇枋。香の唐櫃など、覆ひ、織物、錦、御箱、薫物、薬、硯の具よりはじめて、御衣は女、御衾、御装ひ、夏、冬、春、秋、夜の御衣、唐の御衣、御裳。御箱の折立、ちらしろかね置きて、千鳥の蒔絵して、内の物、色に従へてありがたく清らにて、なずらへ据ゑたり。御手水の調度、白銀の手つきの御盥、沈を丸に削りたる貫簀、白銀の半挿、沈の脇息、白銀の透箱、唐綾の御屏風、御几帳の骨、蘇枋、紫檀、夏、冬、ありがたし。御几帳の帷子、冬、香ぐはしき御褥、御座、いふばかりなし。御台六具、金の御器に黄金の毛打てり。これらよりはじめてせぬことなし。(『うつほ物語』菊の宴)

嵯峨院后の宮六十の賀に用意された品々です。
およそ衣食住に関する身の回りの品々はすべて挙がっているといってよいかと思います。

南の御殿の西の放出に御座よそふ。屏風、壁代よりはじめ、新しく払ひしつらはれたり。うるはしく倚子などは立てず、御地敷四十枚、御茵、脇息など、すべてその御具ども、いときよらにせさせたまへり。
螺鈿の御厨子二具に、御衣筥四つ据ゑて、夏冬の御装束。香壷、薬の筥、御硯、ゆする坏、掻上の筥などやうのもの、うちうちきよらを尽くしたまへり。御插頭の台には、沈、紫檀を作り、めづらしきあやめを尽くし、同じき金をも、色使ひなしたる、心ばへあり、今めかし
く。(『源氏物語』若菜上巻)

寝殿の放出を、例のしつらひにて、螺鈿の倚子立てたり。
御殿の西の間に、御衣の机十二立てて、夏冬の御よそひ、御衾など、例のごとく、紫の綾の覆どもうるはしく見えわたりて、うちの心はあらはならず。
御前に置物の机二つ、唐の地の裾濃の覆したり。插頭の台は、沈の花足、黄金の鳥、銀
の枝にゐたる心ばへなど、淑景舎の御あづかりにて、明石の御方のせさせたまへる、ゆゑ深く心ことなり。
うしろの御屏風四帖は、式部卿宮なむせさせたまひける。いみじく尽くして、例の四季の絵なれど、めづらしき泉水、潭など、目馴れずおもしろし。北の壁に添へて、置物の御厨子、二具立てて、御調度ども例のことなり。
(『源氏物語』若菜上巻)

081sanga_5こちらは、上が玉鬘主催、下が紫の上主催の源氏四十の賀の描写です。
(写真は、風俗博物館2003年上半期展示「玉鬘主催源氏四十の賀」より、算賀のために用意された贈り物の薬や衣類、調度など)

算賀に特徴的な贈り物に、杖と挿頭があります。
いずれも老いを表すもので、長寿への祈りを込めて贈りました。

杖は、特に握りの部分を鳩の形に彫った「鳩の杖」が用いられました。
(記録で確認できるのは、もうちょっと後の時代の鎌倉時代初期ですが)
なぜ鳩か?というのは諸説ありますが、鳩は餌を食べるときに噎せないのでそれにあやかって、とするのが定説です。
また、長寿を象徴する竹でつくった杖が贈られた例も『拾遺集』に見られます。

一節に千世をこめたる杖なればつくともつきじ君が齢は(巻第五「賀」二七六番歌)
君がため今日切る竹の杖なればまたもつきせぬ世ゝぞこもれる(巻第五「賀」二八〇番歌)

挿頭は、元来は被算者の頭髪の老いを隠すための意味だったといわれますが、賀宴においては献上された挿頭が被算者から舞人に下賜される記述が多く見られます。
挿頭には季節の花が使われたと推測されますが、『後撰集』には

万世の霜にも枯れぬ白菊をうしろやすくもかざしつる哉(巻第二十「慶賀 哀傷」一三六八番歌)

と、菊の花を挿頭に用いた例が見られます。
菊は、重陽の節句に如実に表れているとおり、長寿の効用が信じられていた花です。

082sanga_6 酒食の膳は、被算者の正式な食膳(天皇や上皇の場合、「威儀御膳(いぎのおもの)」と呼びます)の他、列席の公卿・殿上人や楽人・舞人らに振舞う酒や料理も用意されました。
玉鬘主催の光源氏四十の賀では

御土器くだり、若菜の御羹参る。(若菜上巻)

とあって、被算者の源氏と列席の公卿らが若菜の羹と酒を共にしたことが描かれますし、紫の上主催の光源氏四十の賀で

西東に屯食八十具、禄の唐櫃四十づつ続けて立てたり。(若菜上巻)

とあるのは、『新儀式』第四「奉賀天皇御算事」に倣って諸大夫・楽人のために用意された食膳です。
(写真は風俗博物館2004年下半期展示「紫の上主催源氏四十の賀」より、庭に設えられた屯食と唐櫃)

これらの調度品は、上に引用した厨子や机、屯食、唐櫃などの個数にも見えるように、被算者の年齢に合わせて四十歳なら40個やその倍数の80個、五十歳なら50個や100個といった数に揃えるのが通例でした。
数字を合わせるのは、調度品だけでなく賀宴の楽人や仏事の僧侶の人数なども同様です。

次回は、この記事で省略した屏風と、そこに記される屏風歌についてご紹介します。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
浅尾広良[著]『源氏物語の準拠と系譜』第Ⅱ篇第3章「光源氏の算賀―四十賀の典礼―」翰林書房 2004年
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識14 若菜上(後半)』至文堂 2000年
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識3 若菜上(前半)』至文堂 1998年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の儀礼と歳事』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年

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