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2007年2月21日 (水)

算賀(5)屏風と屏風歌

083sanga_7 前回の記事で算賀の室礼に用いる調度をご紹介しましたが、屏風は、ある意味でこの儀式にとって最も重要な調度だったと言うことができます。
屏風を新調してそこに祝いの歌を書き記して贈り、賀宴の際に被算者の後ろに立てるのが通例だったからです。
(写真は、風俗博物館2004年下半期展示「紫の上主催源氏四十の賀」より、倚子に腰掛ける光源氏の後ろに立てられた屏風)

『古今集』巻第七「賀歌」所収の22首のうち、詞書に明記されているものだけで17首までが算賀の歌です。
特に、第三五一番歌~第三五四番歌、第三五七番歌~第三六二番歌は、その詞書から屏風に書くために詠まれたものであることがはっきりしています。
『拾遺集』でも、算賀の歌15首のうち9首が屏風歌になっています。
また『落窪物語』や『うつほ物語』『栄花物語』などの仮名作品が描く賀の場面には、屏風歌が列記されますし、源倫子六十の賀を描く『栄花物語』巻二十「御賀」には、敢えて新しく歌を詠出することはせずに賀の古歌を藤原行成が認めたことが詳しく書かれています。

算賀の歌に共通するのは、「千歳」「八千代」「万代」といった長寿を表す語や、「」「」「」といった長寿を象徴する景物が詠み込まれている点です。
詞書に「四季の絵かけるうしろの屏風にかきたりけるうた」とある『古今集』第三五七番歌~第三六二番歌の屏風歌でも、単なる四季歌に留まらず、「わかな」「よろづ代をいはふ」(第三五七番歌)、「ここらの年」(第三五九番歌)、「住の江の松」(第三六〇番歌)、「色もかはらぬときは山」(第三六二番歌)といった具合に、祝意を表す語句が織り込まれています。

『源氏物語』でも、算賀のために新調された屏風に言及がなされています。

屏風、壁代よりはじめ、新しく払ひしつらはれたり。(若菜上巻)

うしろの御屏風四帖は、式部卿宮なむせさせたまひける。いみじく尽くして、例の四季の絵なれど、めづらしき泉水、潭など、目馴れずおもしろし。(若菜上巻)

御屏風四帖に、内裏の御手書かせたまへる、唐の綾の薄毯に、下絵のさまなどおろかならむやは。おもしろき春秋の作り絵などよりも、この御屏風の墨つきのかかやくさまは、目も及ばず、思ひなしさへめでたくなむありける。(若菜上巻)

上から順に、玉鬘主催、紫の上主催、夕霧主催の光源氏四十の賀で用意された屏風についての記述です。
玉鬘が用意した屏風がいかなるものだったかはわかりませんが、紫の上主催の場合は『古今集』の例と同様に四季の絵、夕霧主催の場合は冷泉帝が筆を染めたことが語られます。

いずれも非常に素晴らしい屏風であることが語られますが、末沢明子氏「『源氏物語』の中の屏風をめぐって」(『源氏研究』第7号所収)が指摘するように、屏風歌については全く言及がないことに気が付きます。
そのことの文学的意味をここで云々する用意は私にはありませんが、算賀における屏風の位置付けや、三代集や他の物語の傾向を考えると、『源氏物語』の算賀の場面での屏風歌の不在というのが注目すべき事柄であることは確かだろうと思います。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
浅尾広良[著]『源氏物語の準拠と系譜』第Ⅱ篇第3章「光源氏の算賀―四十賀の典礼―」翰林書房 2004年
末沢明子著「『源氏物語』の中の屏風をめぐって」(『源氏研究』第7号 2002年 pp.21-32)
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識14 若菜上(後半)』至文堂 2000年
中田武司編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識3 若菜上(前半)』至文堂 1998年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の儀礼と歳事』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年

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