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2007年3月12日 (月)

法華八講(5)堂の飾り・その1~華鬘・幡~

095hakkou_10 平安貴族が営んだ法華八講は、視覚的な華麗さに満ちていました。
『源氏物語』の描写にも
まことの極楽思ひやらる」(賢木巻)
生ける浄土の飾りに劣らず」(蓬生巻)
五巻の日などは、いみじき見物なりければ」(蜻蛉巻)
といった表現が見られ、その絢爛たる美しさが想像されます。
具体的にはどんな装飾がされたのでしょうか。

まず目に付くものとしては、法華八講(4)会場と設営で引用した『小右記』長和元[1012]年五月十五日条にも挙がっていた「花蘰代・幡」があります。
どちらも、堂の周囲を飾る荘厳具です。
(写真は風俗博物館2007年上半期展示「紫の上による法華経千部供養」より、上長押と柱を飾る華鬘と幡)

華鬘(けまん)は、仏教の生まれ故郷・インドの風習から生まれた荘厳具です。
インドでは古来、糸で生花を綴るか結ぶかして輪にしたものを首にかけて装身具としたり、高貴な人に贈る習俗がありました。
それが仏教に取り入れられて仏への供養物となり、更には荘厳具となったのです。
やがて、生花はすぐに萎れてしまうことから、永続性のある牛皮や銅・木・ガラス玉などに花の文様を施したものが代わりに用いられるようになりました。
現在は、生花以外でつくられたものも含めて「華鬘」と呼びますが、細かく分類すれば生花以外を材料とするものは『小右記』が記すように「華鬘代」という呼び名になります。
はじめのうちは素材が替わっても輪の形をしていましたが、次第に花を結んだ紐の末端である総角結びと花輪の輪郭を残して内側に唐草文や迦陵頻伽、菩薩、梵字などをあしらった団扇形のものに鈴や垂れ飾りを下げた形へと変化します。
平安時代の遺物としては、東寺旧蔵の国宝・牛皮華鬘や中尊寺蔵の金銅製華鬘などがあります。
(東寺旧蔵の牛皮華鬘は現在奈良国立博物館で保管されており、国立博物館Webサイト・e国宝の「牛皮華鬘」のページで詳しい解説と共に画像を見ることができます。ご参照ください)
展示のように、堂内の上長押に掛けて飾ります。

幡(ばん・はた)は、もともと武人が戦場において己の武勲を敵や味方に誇示するために立てたもので、これが仏教に取り入れられて仏・菩薩の降魔の威徳を示す荘厳具となりました。
展示のように柱に掛ける他、天蓋に下げたり法要を行う庭や行道する両側に立てたりもしました。
三角形の幡頭、長方形の幡身、幡頭の下と幡身の左右から垂れる幡手、幡身の下から垂れる幡足の各部から構成されます。
材質も色も大きさも図柄も用途も使う場所もさまざまで、いろいろな分類方法があるようですが、展示のような布製が最も多く、絹や綾、金襴など豪華な生地を用いました。
長和元[1012]年五月十五日からの一条天皇追善八講でも、前日の十四日に
近習卿相・侍従給幡料錦等令縫」(『小右記』同日条)
と、錦などを材料として幡を縫ったことがわかります。

次回は、仏前に供える供養具を中心にご紹介します。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
清水乞編『仏具辞典』新装版 東京堂出版 1999年

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