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2007年3月31日 (土)

法華八講(7)儀式次第

100hakkou_15 法華八講は、通常4~5日間かけて営まれる大掛かりな法会です。
4日間の場合は、1日二座で合計八座になりますが、5日間の場合は1日二座で事実上は法華十講である例と、何らかの都合で1日一座のみの日があって5日かかる例とがあったようです。

『源氏物語』の例を見ると、藤壺主催の八講では、1日ずつ先帝・母后・桐壺院の追善供養に当て最終日に自らの宿願として出家、と合計4日間となっていて、標準的な八講と言えます。
明石中宮主催の八講は、「五日といふ朝座に果てて」(蜻蛉巻)との記述があり、何日目かと最終日の5日目が一座のみだったことになります。
紫の上主催の法華経千部供養は「三月の十日なれば」(御法巻)と記され、夜を徹しての読経と音楽があって翌朝には終了したと読めます。
一昼夜という期間の短さは法華八講としては異例ですが、『日本仏教史辞典』(吉川弘文館 1999年)には

四日間朝夕二座で行われ、朝を朝座、夕方を夕座という。二日または一日にする場合もある。(法華八講)

とあり、必ずしも一昼夜で営まれたから八講でないとは言い切れないようです。
(ただし、私が調べた範囲では平安時代に1日ないし2日で営まれた実例は見つからず、この点については尚調査が必要と思われます)

次に、各日の儀式次第を見ていきましょう。

最初に書いたように1日二座で先に行う方を「朝座」と言いますが、実際に朝から行われたとは限りません。
当時の八講の様子を記した文献を読むと、まずは参会の公卿らに饗膳が設けられたことがわかります。

まだ講師ものぼらぬほど、懸盤して、なににかあらむ、ものまゐるなるべし。(中略)講師のぼりぬれば、皆、居静まりて、そなたをのみ見るほどに、(『枕草子』第三十二段「小白河といふ所は」)

諸卿並雲上人先着饗座、右大臣遅参、不着饗、抑酒三巡畢比、左相府令打鐘、左大臣已下起座、着御前座、次諸僧参入、(『小右記』長和元[1012]年五月十五日条)

相共参円教寺御八講、先着饗座、左大臣仰事由、令打鐘、了卿相着堂前座、(『小右記』長和四[1015]年六月廿二日条)

101hakkou_16102hakkou_17 酒食が振舞われた後、講座の開始を告げる鐘が打ち鳴らされます。
この「」は「磬(けい)」のことのようです。
磬は中国の古い楽器が仏事に取り入れられたもので、磬架という調度に紐で掛けて打ち鳴らします。
『枕草子』の書き振りだと講座を行う堂内で人々が食事をしていたように読めますが、『小右記』の記述から、饗膳が設けられたのは別の場所で、磬が鳴らされると共に堂内の席に移って法会を執り行う僧の参入を迎えたことがわかります。
(記事冒頭の写真は参考資料として、風俗博物館2002年第2期展示「女三の宮持仏開眼供養」より寝殿へ参入する僧達とそれを迎える殿上人。
記事中央の写真は、左が風俗博物館2007年上半期展示「紫の上による法華経千部供養」より、本尊の前に設えた礼盤の右手に置かれた磬。〔博物館の許可を得て、模型上方より撮影〕
右は参考資料として、風俗博物館2004年上半期展示「秋好中宮主催による季の御読経」より、磬を正面から撮影したもの)

103hakkou_18 一同が入堂し、講師が高座に登ると、声明が唱えられ散華が行われます。
初日の最初の座では願文が読み上げられました。
願文は、法華八講に限らず仏事全般に言えることですが、主催者が優れた漢学者に依頼するのが一般的だったようで、『菅家文草』や『江都督納言願文集』にも、菅原道真・大江匡房がそれぞれ作文した種々の八講の願文が収められています。
その後、講説・論議・誦経・行香と展開し、講師が高座を降りて終了します。
一座にかかる時間は通常2~3時間程度とされますが、論議が白熱して長時間に及ぶこともあったようです。
(写真下は、風俗博物館2007年上半期展示「紫の上による法華経千部供養」より、華籠を手に散華する僧)

朝座が終わると僧・参会者とも一旦退出するのが一般的だったと思われますが、退出せずにそのまま引き続き夕座が行われる場合もありました。
また、朝座と夕座の間に経典供養などが営まれることもあったようです。
朝座了後、就西対座、進数盃」(『御堂関白記』寛弘元[1004]年五月二十一日条)の例のように、朝座と夕座の間に酒席が設けられることもありました。
夕座が終わるのは夜になることが多く、公家日記では酉刻・戌刻といった時刻がよく見られます。

五巻を講ずる座では、講説などの後に薪の行道を行いました。
五巻の日は特に華やかな趣向を凝らすことが多く、座が果てた後に酒宴を催したり舟楽や舞楽を行う例も見られます。
結願の日には、最後の座が終了した後に、法会に奉仕した僧達へ布施が配られました。
また、どういう形でかはよくわかりませんが、初日には請僧に法服が授けられました。
紫の上主催の法華経千部供養で「七僧の法服など、品々賜はす」(御法巻)と記されるのは、これらの法服や布施を指しています。
(ただし、法華八講の請僧は證義・講師・問者などで、七僧〔講師・読師・呪願師・三礼師・唄師・散花師・堂達〕とは異なります。これも、紫の上の法華経千部供養を法華八講と見做してよいのか問題となる記述です)

概ね以上のような流れで、法華八講は進められました。
次回は、法会を司る僧達の役割をご紹介します。

【参考文献】
阿部猛, 義江明子, 相曽貴志編『平安時代儀式年中行事事典』東京堂出版 2003年
中村元[ほか]編『岩波仏教辞典』第2版 岩波書店 2002年
須田哲夫編『源氏物語の鑑賞と基礎知識13 末摘花』至文堂 2000年
今泉淑夫編『日本仏教史辞典』吉川弘文館 1999年
天納傳中[ほか]編著『仏教音楽辞典』法蔵館 1995年
今成元昭「法華八講の<日>と<時>―古典解読のために―」(「立正大学人文科学研究所年報」31号 1994年 pp.1-9)
栗林史子「法華八講に関する二、三の問題―『御堂関白記』を中心に―」(『駿台史学』85号 1992年 pp.1-28)

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