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2007年7月22日 (日)

皇麞(おうじょう)

140ojo_1 「皇麞(おうじょう)」は、左方唐楽平調の舞楽曲で、別名「海老葛(えびかずら)」とも言います。
「黄麞」と書くこともあり、『楽家録』(元禄三[1690]年成立の雅楽書。安倍季尚著)巻之三十一は、唐の景竜年間[707~710]に黄麞谷で戦死した王孝傑の忠義を悼んで中宗が作ったとする作曲の由来を伝えています。
(『楽家録』同巻にはもう1つ、音生公が明帝即位のときに作った曲とする説も併記されています)

楽曲形態は〈遊声〉〈序〉〈破〉〈急〉から成っていましたが、〈遊声〉と〈序〉は平安末期には早くも失われ、後には舞も廃絶してしまいました。
現存するのは〈破〉と〈急〉の奏楽のみで、〈急〉以外はほとんど演奏の機会もないそうです。
舞の様子は、遺された文献から想像する他ありません。
(写真は、風俗博物館2007年下半期展示「朱雀院五十賀の試楽」より、皇麞の舞装束を着けた童。以下、本記事中の写真はすべて同展示より)

舞は童舞で、角髪の上に甲を被り、白楚(ずわえ・ずばえ)と呼ばれる杖の先端を曲げて白毛の束を付けた、ちょっとハタキに似た舞具を持ちました。
装束は襲装束だったようですが詳細はよくわからず、『教訓抄』(天福元[1233]年成立の雅楽書。狛近真著)巻第七や『楽家録』巻之三十六には「片肩袒」と記されていますが、『信西古楽図』(平安後期成立と推定される現存最古の舞楽図)の皇麞と目される図は諸肩袒のように描かれています。
(襲装束の構成については、賀王恩の中で紹介しておりますのでご参照ください)
また『信西古楽図』では、白楚も真っ直ぐな細い棒のような形に描かれていて、現行の舞楽で「白楚」と呼ぶものとはだいぶ形が異なります。

141ojo_2 142ojo_3 風俗博物館では『信西古楽図』と『舞楽図巻』(谷地八幡宮伝来。応永十五[1408]年作?)を参考に衣裳を作成されたそうで、袍は諸肩袒にしてあります。
白楚は『信西古楽図』には拠らず、『楽家録』巻之三十八に記されているような近世以降の形になっていますが、あるいは『舞楽図巻』の方にこうした形の白楚が描かれているのかもしれません。
(私自身は『舞楽図巻』の皇麞図を確認できてはおりません)

尚、展示ではご覧のとおり「青白橡」と称するやや茶色がかった緑色の袍を着ていますが、これは展示された朱雀院五十の賀の試楽の場面の原文に
かの御賀の日は、赤き白橡に、葡萄染の下襲を着るべし、今日は、青色に蘇芳襲」(若菜下巻)
と記されているのを再現した結果で、本来は赤白橡(迦陵頻の袍と同じ色)の袍を着用したと考えられます。

舞人の数は、雅楽書の類にははっきりした記述がなく、よくわかりません。
『源氏物語』若菜下巻では夕霧の次男と式部卿宮の孫が舞っているので、これに従えば二人舞ということになります。
また『教訓抄』巻第七によると、答舞のない舞だったようです。

『源氏物語』の中では、先に挙げた若菜下巻の朱雀院五十の賀の試楽と若菜上巻の紫の上主催の光源氏四十の賀の薬師仏供養精進落としで舞う場面があり、また胡蝶巻の六条院春の町での舟遊びでも(舞を伴ったかはわかりませんが)演奏されています。
作曲の由来の割には祝賀の際に奏舞されることが多く、また「おうじょう」の音が「往生」に通じることから仏事でも用いられたようです。
『平家物語』や『吾妻鏡』には、捕虜となって鎌倉に護送された平重衡が「往生の急」と洒落て横笛で皇麞急を奏でた逸話が収められています。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
秋山虔, 小町谷照彦編;須貝稔作図『源氏物語図典』小学館 1997年
平野健次[ほか]監修『日本音楽大事典』平凡社 1989年
東儀信太郎[ほか]執筆『雅楽事典』音楽之友社 1989年
正宗敦夫編纂校訂『信西古楽図』(覆刻日本古典全集)現代思潮社 1977年
安倍季尚撰 ; 正宗敦夫編纂校訂『楽家録』(覆刻日本古典全集)現代思潮社 1977年
狛近真著 ; 植木行宣校訂『教訓抄』(日本思想大系第23巻『古代中世芸術論』所収)岩波書店 1973年
神宮司廳編『古事類苑43 楽舞部一』普及版 古事類苑刊行會 1931年

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