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2009年1月の記事

2009年1月24日 (土)

糸毛車

212itoge_1 糸毛車は、絹の染め糸で屋形を覆った牛車で、主に上流貴族の女性が使用しました。
『輿車図考』及び『輿車図考附図』から特徴をまとめると、屋形の屋根から腰にかけて糸で覆って下部は房を垂らし、その上に金銀の窠文を飾りました(窠文には糸を押さえる役割もあったようです)。
物見はなく、格式の高い車の場合は屋形の前後に廂が付いていて、廂にも房を垂らしました。
簾や下簾の色は、糸の色と同色に揃えたようです。

213itoge_2廂付きの糸毛車に乗ることのできる身分はかなり限られていて、『延喜弾正台式』には
凡内親王。三位已上内命婦。及更衣已上。並聴乗糸葺有庇之車。并著緋牛鞦。
と規定されています。
これと対応するように、『源氏物語』宿木巻で薫に降嫁した女二の宮が三条宮に渡御する場面には
庇の御車にて、庇なき糸毛三つ、黄金づくり六つ、ただの檳榔毛二十、網代二つ、童、下仕へ八人づつさぶらふ
と記されており、上臈女房が乗ったと思われる3台の糸毛車は廂のないものと描写されています。
対して女二の宮本人が乗った「庇の御車」は、おそらく廂のある糸毛車でしょう。

糸毛車は、廂の有無に関わらず全般に檳榔毛車などよりも格が上だったようです。
『小右記』や車の種類の描写が細かい『うつほ物語』などで糸毛車の使用例を拾うと、女御や内親王などの主人格が糸毛車に乗り、随行する女房達が檳榔毛車や金造車に乗っている例がいくつも見られます。
『紫式部日記』でも、中宮彰子が内裏に還御する際の車の記述に
糸毛の御車に殿の上、少輔の乳母若宮抱きたてまつりて乗る。大納言、宰相の君、黄金造りに、次の車に小少将、宮の内侍、
とあり、車の種類による序列が窺えます。

214itoge_3 『源氏物語図典』などの解説を読むと、屋形を覆う糸の色によって用途が分けられていたとして
「青糸毛は皇后・東宮・斎院など、紫糸毛は女御・更衣・尚侍・典侍など、赤糸毛は賀茂祭の女使」
と書かれていますが、この記述の根拠は、いずれも室町時代に成立した有職故実書『物具装束抄』(花山院忠定著)及び『蛙抄』(洞院実煕著)のようです。
実際の平安時代の文献に照らすと、これに一致するものと一致しないものの両方が『うつほ物語』の中に見られます。
まず一致するのは楼の上上巻で、仲忠一家の殿移りの準備を語る場面の中に
尚侍の御車、新しく調ぜさせたまへり。尚侍の殿のは、濃紫の糸毛に唐鳥くさらせ縫はせたまへり。
との描写があり、尚侍である俊蔭女の車として新調されたのが濃紫の糸毛車とされています。
一致しないのは国譲下巻で、
宮の御車は赤糸毛にて、輦車の大きなるやうなり。
と、東宮が赤糸毛車に乗っている描写があります。
(尤も、引用した新編日本古典文学全集には、「赤糸毛」の部分は底本では「あかすけ」となっているのを校訂した本文である旨の注が付いているので、確実な赤糸毛車の用例とは言い切れないのですが)
また、『輿車図考』に引かれている文献の中に度々「貞信公青糸毛」という文言が登場します。
私の漢文読解能力ではどこまで正確に読み取れているか心許ないのですが、どうやら藤原忠平が使用していた青糸毛車が後世まで伝えられ、修理を加えつつ平安後期まで使われていたようなのです。
『餝抄』(中院通方著の有職故実書。推定成立年代嘉禎年間[1235-1238])には、高倉天皇・近衛天皇の大嘗会御禊行幸の際に女御代がこの車を使用したこと、中宮となった待賢門院璋子のために白河院がこの車のコピーを造らせたことなどが記されています。
こうした例を考えると、必ずしも平安時代の色による用途の区別は上記のとおりではなかったのかもしれません。

糸毛車の視覚資料としては専ら『輿車図考附図』が用いられますが、その他にも『駒競行幸絵巻』の東宮渡御の情景に描かれている緑色の牛車が青糸毛車です。
風俗博物館で展示された糸毛車は、レジュメによると『輿車図考』を基に考証したとのことですが、『駒競行幸絵巻』の図とも非常によく似ています。
尚、風俗博物館Webサイト内の「牛車の種類」のページに、『輿車図考附図』の糸毛車の図が掲載されています。
記事中の写真はすべて、風俗博物館2008年下半期展示「六條院移徙」にて撮影した青糸毛車です。

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD-ROM版』角川学芸出版 2006年
秋山虔, 小町谷照彦編『源氏物語図典』小学館 1997年
山中裕, 鈴木一雄編『平安時代の信仰と生活』(平安時代の文学と生活)至文堂 1994年
『輿車圖 ; 輿車圖考. 舞楽圖説. 三條家奥向恒例年中行事』(故實叢書第36巻)改訂増補版 明治図書出版 1993年
神宮司廳[編]『古事類苑 器用部二』普及版 古事類苑刊行会 1934年
東京大学史料編纂所作成「古記録フルテキストデータベース

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