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2010年5月の記事

2010年5月20日 (木)

帝の装束(1)御引直衣

220ohikinoshi_1 221ohikinoshi_2 貴族男性は、束帯や直衣、狩衣などの装束をTPOに合わせて着ましたが、帝の装束にもいろいろな種類があり、場面毎に使い分けられていました。
物語文学には現れることの少ない帝の装束ですが、風俗博物館ではそうした原文には描かれない部分も細かく展示されていますので、その写真を利用していくつかご紹介してみます。

最初に取り上げる御引直衣は、帝がプライベートな場面で着用する普段着です。
貴族男性も自邸など私的な場では、公卿などの上流貴族なら直衣、それ以下の身分なら狩衣を着て過ごしましたので、その意味では帝も同じということになりますが、通常の直衣とは形状も着方も違います。
御引直衣は親王や公卿らが着る普通の直衣よりも裾が長く、普通の直衣が裾をたくし上げて懐をつくる着方なのに対し、懐をつくらず裾をそのまま後ろに引きずる着方をします。
この後ろに裾を引く着方が「御引直衣」という名称の所以です。
直衣の生地は、冬は表地が白小葵綾、裏地が紫または二藍の平絹、夏は三重襷文の二藍または縹の*(こめ。皺模様のある薄手の縮み絹。縮緬)、とされています。
※「*」は穀の“禾”を“系”に換えた漢字
被り物は烏帽子ではなく冠を被り、下半身に着けるものも普通の直衣姿のように指貫ではなく紅の打袴か生袴でした。
直衣の下は衵と単を着ますが、これも普通の直衣の下に着るものよりは長く仕立てるのが通例だったようです。

222ohikinoshi_3 ただし、「御引直衣」という言葉そのものは『源氏物語』をはじめとする平安中期までの文献には見当たりません。
堀河天皇(1079-1107)の生前を回想した『讃岐典侍日記』下の記述や、同じく12世紀初頭編纂の『江家次第』巻第六「石清水臨時祭試楽」、承安四[1174]年の出来事と明記された『建礼門院右京大夫集』二番歌詞書などに登場するのが初期の例になります。
また、紅の袴を着用することは『江家次第』巻第十「賀茂臨時祭試楽」の記述や後述の国宝『源氏物語絵巻』宿木(一)から確認できるのですが、生地や色に関する決まり事は『禁秘御抄』(順徳天皇著・建暦三[1213]年成立)をはじめとする鎌倉期以降の有職故実書でしか確認できないので、もしかしたら貴族男性の直衣の場合と同様に、『源氏物語』の時代にはまだ定型化した様式にはなっていなかったのかもしれません。

絵画資料としては、『枕草子絵詞』と国宝『源氏物語絵巻』宿木(一)が挙げられます。
『枕草子絵詞』は鎌倉期の作品ですが、御引直衣姿の一条天皇が描かれていて、白描画のため色はわからないものの裾が広がった直衣の様子がよく見て取れます。
『源氏物語絵巻』宿木(一)の方では、今上帝が直衣を省略して衵を重ねただけのくだけた服装で描かれており、御引直衣そのものは描かれていませんが、衵と単を後ろに引いて紅の袴を履いているのがわかります。

最後に、上皇の日常着について。
以前この衣裳について調べた際、国宝『源氏物語絵巻』鈴虫(二)の冷泉院が袴の裾を後ろに引きずっているような姿で描かれていることと『亭子院歌合』の宇多法皇の衣裳が「檜皮色の御衣に承和色の御袴」と記されていることから、天皇だけでなく上皇も御引直衣に袴というのが日常着だったのではないかと推測しました。
ですが、冷泉院の直衣の着方はいまひとつ判然とせず(例えば『枕草子絵詞』の一条天皇の姿と比べると、通常の直衣に近い着方をしているように見えます)、宇多法皇の方は亭子院歌合が催された延喜十三[913]年には“法皇”の称号のとおり仏門に入っていて出家者の装束である点を考慮しなければなりませんので、この2例から上皇の日常着が御引直衣であると結論付けるのは些か早計であろうと現在では考えています。
この点については、もう少し確実な資料が揃うまで保留としておきたいと思います。

写真は、上の2つが2004年西陣出張展示「一条帝による土御門第行幸」より、倚子に腰掛ける御引直衣姿の一条天皇、下が2004年上半期展示「斎宮女御と弘徽殿女御の絵合」より、御引直衣を着て倚子に掛けようとしている冷泉帝です。
(上の写真について、実際には行幸時の天皇の装束が御引直衣ということは考えられないのですが、博物館スタッフの方から「当時は天皇独特の衣裳を紹介するために敢えて御引直衣姿で展示した」と伺った記憶があります。ですので、ここではあくまで装束の参考画像としてご覧ください)

【参考文献】
古代学協会, 古代学研究所編『平安時代史事典 CD- ROM版』角川学芸出版 2006年
秋山虔, 小町谷照彦編『源氏物語図典』小学館 1997年
神宮司廳編『古事類苑50 服飾部』普及版 古事類苑刊行會 1936年
『日本国語大辞典』第2版 小学館 2001年

※この記事は、小池笑芭さんのWebサイト「源氏の部屋」に掲載していただいている「帝の装束(1)御引直衣」を加筆修正したものです。

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